ライター/ 執筆屋久島ライフ
ライター/ 執筆

【そうだ 屋久島、行こう。】

「ここ、本当に日本なの?」

屋久島の太古の森に初めて足を踏み入れた時、想像もしていなかった世界が待っていたのと同時に、そこになんとも言えない安心感と解放感を覚えました。

私が初めて屋久島を訪れたのは、ちょうど2017年の春先でした。

それまで、正直屋久島がどこにあるのかも、よくわからなかったし、気にもとめていなくて、せいぜい、世界遺産の島と縄文杉くらいの知識があるだけでした。

たまたま参加した3泊4日のヨガリトリート開催地が屋久島だったので、とりあえず飛行機チケット予約して、子連れでこの島に降り立ったわけです。

鹿児島県の本土最南端から約60キロ離れた海上に浮かぶ屋久島は、人口1万3千人の小さな島で、その大きさは東京23区とほぼ同じ、周囲は約130キロ、車だと3時間で一周できるほどのサイズです。小さい島なのに高低差が意外とあって、南部の海沿いはハイビスカスが咲く亜熱帯、そして宮之浦岳などの山頂部は北海道と同じ冷温帯にあります。

そんな小さな島のほとんどが自然で覆われていて、山にも海にも神が宿るという山岳信仰・自然崇拝が人々の間で今でも引き継がれています。実は、屋久島の守護神であり日本神話に登場する「山幸彦」は、浦島太郎のモデルになったそうで、島のいろいろな場所に、竜宮伝説の面影を見つけることができるのです。

さて、私がそんな屋久島に広がる太古の森に初めて一歩踏み入れた時のことでした。
そこは、まさしく別世界が広がっていて、なぜか私のための特別な空間のようにも感じたのです。

うっそうと茂るスギ原生林では、青々した苔むしが存在感を見せ、倒木の上に次世代の株が生長し、世代更新が繰り返しなされていて、美しい調和の姿そのものでした。

途中足元を見ると、山水のしぶきを受けたヒノキゴケやスギバゴケなどの苔に、丸い水滴が宝石のように散りばめられていました。

見上げると、空の雲に切れ間ができたその瞬間、光がすっと射してきて、その黄金のひと筋が森の中で優しくゆっくりと広がっていくのでした。次第に、黄金の光とそれに反射するダイヤモンドダストのような素粒子は、オブラートのようにあたりを包み込んでいく様子を見せてくれました。

時は、止まってしまったような感覚に陥ったにも関わらず、一瞬一瞬の美しい一コマが何百枚にも重なって、その空間を創っていたのです。

なんて、美しく、神秘的な瞬間なのだろう……。
その空間と一体になっていた私は、静かな喜びの絶頂にありました。

そんな夢のような屋久島での滞在は終わり、東京に戻った私は、何一つ変わらない普段の生活が待っていました。

それでも、私はあの森での光景が忘れられず、たまに独りでいると、目を閉じて夢想に浸り、また友人に会うと、子供のように目を輝かせて屋久島の魅力を語っていたのです。

どうして屋久島の森が忘れられないのかしら。
国内外でたくさんの森や自然に出会ってきたはずなのに、なぜここにきて屋久島の森なのかしら。

理由はたくさんあるかもしれません。
でもある時ふと、森で感じたあの安心感と包容感は、もしかしたらお母さんのお腹の中(胎内)にいたときの感覚と似ているのかもしれないと思ったのです。

「そうか、屋久島の森は【地球の胎内】みたいなものなのかも……」

そんなことを考え始めると、妙に私の中で腑に落ちました。
何も言わずも、絶対的にありのまま認め、信頼し、包容してくれる母性を森や自然は持っていると思ったからです。

思考が優位にありがちな私達の多くは、不思議と頭の中で過ぎてしまった過去を回想したり、まだ起きていない未来のことばかり妄想しがちです。
(あぁ、どうして私はあの時ああいう言い方をしてしまったんだろう、情けないワタシ)
(こんなことをしても、きっと何の意味もなくて、空しいだけのワタシ)
こうして頭の中では、独り言に留まらず、自分自身をジャッジし、さらには否定を繰り返しがちなのです。

でも、なぜかひとけが少ない太古の森に入ると、思考ベースの独り言から、知らない間に森との対話になりやすいことに気が付きました。そこには、否定せず、どんな時も全肯定で私を受け止め、寄り添い、味方になってくれる絶対の存在がいて、見る見るうちにその包容力で、素直になれる自分がいたのです。

ここに、母性で私を包み込んでくれる屋久島の森の偉大な力を感じたのです。

また、【胎内】と言えば、日本各地の山岳・霊地や神社などでは、狭い洞窟や裂け目に入ったり、縄を通り抜けたりする【胎内くぐり】という習わしがありますが、これは、昔から修行者が現世(げんせい)から別の世界に【生まれ変わる】や、元服式などで子供から大人への通過儀礼で新しい世界に【生まれ変わる】などを意図すると言われています。神社では今でも毎年6月ごろになると茅の輪を鳥居に付けて厄除けや厄払いをしますが、これも【胎内くぐり】の一種とされています。

私達人間は、古来より、そうした人生の新しいステージに入る節目を大切にしてきたし、そういう時にこそ、胎内に戻って新しい自分になる心構えでいたのだろうと思います。それは、まったくの何者かになるのではなく、純粋に【本来の自分】に還ることの象徴に思えるのです。

「そうかぁ、屋久島の森で、本来の自分に戻るんだ」

そして、そこではお腹の赤ちゃんがお母さんのおへそを通してしっかり繋がっているように、屋久島の森に入ると、私達は地球と再び繋がりを持つことができるようになる気がするのです。

「そうだ 屋久島、行こう!」

あれからちょうど3年経った2020年春、東京から屋久島に移住します。

そこで、地球と繋がり、本来の自分に還ることができる素晴らしい屋久島の森を案内する日が来ることを今から楽しみにしています。

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